日本の競馬史を構成する、強すぎる馬たちの中でも、圧倒的な存在が、シンボリルドルフだった。
オーナーは世界に目を向けた、桁違いのスケールの和田共弘。
しかし、外国に行こうとすると必ずけがをして行けなくなり、
ついに出走したサンタアニタでは大けがをしてしまう。
馬房では暴れん坊なのに、外に出ると堂々としておとなしい。
内弁慶な、大親分の風情である。
調教師が野平祐二。
ギャロップダイナに不意打ちを食らった天皇賞の敗戦後「競馬には絶対はない。だが、この馬(シンボリルドルフ)にはあるんです」と名セリフを吐き。その通りにジャパンカップ、有馬記念を連勝して見せた。
調教助手が藤沢和雄
最初のころは、藤沢が調教をつけていたが、野平祐二があまりにも嬉しそうにルドルフに乗っているのを見て、遠慮するようになったという。
主戦騎手が岡部幸雄
というか、全部のレースに岡部が乗っているのだが、引退式でシンボリルドルフは、岡部を振り落とそうと暴れた。
弥生賞で後ろからのしかかってきて、けがを負わせたビゼンニシキに、皐月賞では逆にビゼンニシキに体当たりし、仕返しをしている。その結果、岡部が2日間の騎乗停止処分を喰らっている。
ダービーの向こう上面で岡部がポジションが後ろ過ぎるのを気にして追い出しを掛けると、平然と無視。
4コーナー手前で自分からハミを取り、あっさりと優勝してしまう。
「馬に競馬を教えてもらいました」岡部のこのセリフはあまりにも有名。
好位差しの地味な勝ち方が多かったシンボリルドルフだが、どれぐらい強かったかというと、対戦した騎手にあの馬化物だよと叫ばせたり、
セントライト記念で2着になった馬が、出走権を得ながら、菊花賞の出走を回避したり。
皇帝、権力者の力は、存在そのものの圧力かも知れない。
スピードシンボリとパーソロンの血を引き、
息子トウカイテイオーが親子2代のダービー制覇を果たす。
しかし、パーソロンとスイートルナの交配は上の3頭がいずれも極端な気性難で失敗。四男坊にしてやっと開花。
和田共弘オーナーの執念というか、確信というか。強い意志がなければ存在していなかった馬だ。
30歳。人間なら120歳。
敬礼。
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Dahar |

